ちょむの雑記

twitter : @ARIA_CHOMU

ゆめみる少女を夢見て

臓器提供意思表示カードを手に入れよう。

と私は思った。

これはゆめみる少女のためでも何でもなく、ただの自己満足だろうが、私がいま脳死したとして、後悔するのはそのカードを持っていないことだと気づいたのだ。

 

私は、自分が死んでも特に思うことや、やり残したことなんてない(正確にはやり残したことがあっても後悔する程度でない)と考えていた。

しかし、実際には違うのだと思う。いや、違うことさえも本当は分かっていた。その上で、生きたいという気持ちを隠す、他人とは違う自分に酔っていたのかもしれない。結局のところ、私は自分のことが大好きなのだ。

とにかく、自分が生きることで救われる人がいるとしたら、私は生き続けるだろう。それが他人を犠牲にすることになっても。

 

逆に、自分が犠牲になることで他人が救われるとすればどうだろう。正直なところ、私は自分が犠牲になりたいとは思えない。そのような自己犠牲精神を持ち合わせてはいないからだ。

しかし、もしそれで愛する人を守ることが出来るのなら、私も自己犠牲を働けるかもしれない。そしてそれは自己犠牲精神ではなく、「世界はそれを「愛」と呼ぶ」のだ。

だから私は、ゆめみる少女を夢見た。私にも愛したいと思える人が出来れば、その人に尽くす愛を手に入れられる。そう考えられるようになったのはこの本のおかげだ。

 

青春ブタ野郎はゆめみる少女の夢を見ない

青春ブタ野郎はゆめみる少女の夢を見ない<青春ブタ野郎はバニーガール先輩の夢を見ない> (電撃文庫)

 

前置きというか感想というか、読み返すと恥ずかしくなってくる文章を書いてしまった。それも、ネタバレが限りなく黒に近いグレーでなんとも酷い……。

今回、久々に心の奥深くに刺さる小説を読み、これは紹介ぜざるを得ないと感じたため稚拙な文章ではあるが綴っていく。

電撃文庫から刊行のライトノベル青春ブタ野郎シリーズ第6弾『青春ブタ野郎はゆめみる少女の夢を見ない』

そう、シリーズものである。よって第1弾『青春ブタ野郎はバニーガール先輩の夢を見ない』から順に読んでほしい。

 

詳細はこちらから。

dengekibunko.jp

 

著者:鴨志田一さんと、イラスト:溝口ケージさんは、『さくら荘のペットな彼女』でもコンビを組まれていた。あの作品を知っている方は、十二分に楽しめる内容となっている。実は、毎巻『さくら荘』のキャラがゲスト出演しているのだ。

また、このシリーズもタイトル通り青春ものだ。主に高校生の恋愛を描いたラブコメでもある。『さくら荘』と大きく違う点は、SFが入っているところにある。

 

――――「思春期症候群

他人から姿が見えなくなり、存在すら忘れられてしまう「透明人間」や、同じ日を何度も繰り返す現象、「ドッペルゲンガー」「入れ替わり」など。ほとんどの人がこの現象(症状)に否定的で信じていない。基本的に治す方法は現象の元になった問題を解決するしか無い。

 

巻き込まれた思春期症候群を解決していくのだが、何とも重い。シリアスである。それは不特定多数から向けられた悪意であったり、いじめであったり命の儚さであったりと様々だ。そしてなおかつ現代的である。私のような今を生きる学生が感情移入せざるを得ないほどに。

今回で言うと、私は今までにないほどに鳥肌をたて、葛藤し、ボロボロ泣いた。へちゃ顔になるくらい。前巻も後半泣き喚いた記憶があるが、ハンカチ必須であることに変わりない。そして今回に限って1巻完結していないため引きがすごい。10/8に発売予定の第7弾『青春ブタ野郎はハツコイ少女の夢を見ない』が本当に楽しみである。

 

さて、うだうだと書き連ねてきたが、私の言いたいことは「このシリーズを読んでくれ」とそれだけである。この作品に出会えて幸せだという気持ちを、私だけでなくこの記事を見てくれた人も感じてもらえることを願う。